筑後川の用語集

筑後川で耳にする用語は?

筑後川は、阿蘇外輪山の九重山にその源を発し、筑後・佐賀両平野を流れ有明海に注ぐ九州最大の河川です。

流域の住民は、穀倉地帯である筑紫平野を潤す農業用水として、また生活用水として筑後川の水を利用してきました。

ここでは、筑後川流域での生活と深いつながりがある用語をご紹介します。

淡水(あお)取水
農業に使用する水を確保するために、有明海の最大6mもある干満の差を利用して、満ち潮とともに海水が逆流してきた時を見計らい、比重が 軽く上に来る淡水だけをクリークへ貯めて農業に利用する取水方法です。
昔は、筑後川の両岸に192ヵ所で行われていましたが、現在は行われていません。
荒龍(あらこ)
航路維持や護岸保護のため、川岸から川の中央に向かって張り出す石垣のような構造物です。江戸時代に造られました。
エツ
有明海特産魚です。筑後川下流域の城島(久留米市)から大川市の川筋では、5~7月頃散乱のため川をのぼるエツを流し刺し網でとる漁が おこなわれ、初夏の風物詩となっています。
弘法大師が、流した葉がエツになったという話が伝えられています。
クリーク
水を水田に導くとともに、貯水機能を持つ用排兼用水路で筑後川下流域に多く見られます。
捷水路(しょうすいろ)
筑後川はカーブの多い川で、洪水のときはそこから水があふれてしまう危険があります。
そこで、川をできるだけまっすぐにして、水が流れやすいように新たに川をつけかえた場所を捷水路といいます。
久留米市小森野、金島、天建寺、坂口など。
千栗堤防(ちりくていぼう)
洪水被害から領地を守るため、寛永年間(1624~1643年頃)佐賀藩士成富兵庫茂安により12年の歳月をかけて約12kmの堤防が造られました。
デ・レーケ導流堤(で・れーけどうりゅうてい)
舟運の妨げとなる土砂の堆積を防ぎ、航路を確保するために、明治23年(1890)オランダ人技師ヨハネス・デ・レーケにより作られました。
大川市にあり堤の長さは6kmあります。

出典:国土交通省筑後川河川事務所、九州農政局筑後川下流農業水利事務所